「セミコングランプリをゴールにしない」を単なる言い訳にしたくなかった僕の6年間戦争

10000チャレンジ

2014年3月にセミナーコンテスト大阪大会に挑戦して早6年。

大阪大会で2位、敗者復活戦に敗れグランプリに行けなかったというのが、1年間をセミコンに捧げて僕が手にした結果でした。

そのときから「グランプリをゴールにしない」を公言して戦ってきました。

グランプリに行った〇〇さんとか具体的な誰かと戦ってきたわけではありません。全く意識してなかったというと嘘になりますが、誰かに勝つとか負けるとか類の戦いではありません。

戦う相手は自分自身です。

グランプリをゴールにしないをグランプリに行けなかったことのその場しのぎの言い訳にしたくなかったので、必死でやり続けてきました。

2019年はこの2つの出来事があったので、グランプリをゴールにしない!と数年間振り上げていた拳をようやく下すことができました。

  • 商工会議所で講師デビューすることができた
  • 自分の強みを活かしてグランプリに関わることができた

グランプリをゴールにしないと公言してきた以上、セミコン以外で何か形にしないと格好がつかないとずっと思っていました。

グランプリチャンピオンを頂点としたセミコンのヒエラルキーの中で自分のポジションは自覚しています。その中で自分ならではの強みを活かしてグランプリに関わることができたのはとても嬉しいことでした。

セミコンに出るときにイメージしていた売れっ子セミナー講師には程遠過ぎるのですが、少しホッとすることができました。

2020年3月で丸6年、時間が経ったことも手伝ってフラットな気持ちでセミコンについて振り返れる心境になりました。

セミコンという世界での学びを活かして、どうすれば自分の強みを最大限に伸ばすことができるかという視点で自身の体験をまとめてみました。

グランプリ出場どころか地方大会で優勝できなかった僕が商工会議所でデビューするまでやってきたことをお伝えします。

セミコンとは?

この記事を読まれている方には説明不要だと思いますが、ご存じない方のために簡単に説明すると・・・

セミナーコンテスト(通称セミコン)とは、7名の出場者が自らの体験をもとにオリジナルセミナーを作り、1人10分で発表して順位を競う一般社団法人日本パーソナルブランド協会が主催するイベントです。詳しく知りたい方はこちらからどうぞ。

地方大会から敗者復活戦まで

地方大会を棚卸しの場にするのはもったいない

僕がセミコンに挑戦するきっかけは長くなるので割愛しますが、出場を決めた理由はこの2つです。

  • 人前で話すのが苦手なので、そのショック療法として
  • セミナーができる司法書士として仕事の幅を広げたかったから

セミコン出場を決めたときからテーマは「エンディングノート」の一択でした。

セミコンに出たことで自身の棚卸しができたという感想を沢山の方から聞きますが、それじゃもったいないと思います。

僕が地方大会を通して学んだセミナーづくりで重要なポイントはこの3つです。棚卸しをしているとこの3つに時間が十分に取れないのでもったいないと思うわけです。

  • 対象者を明確に絞り込む
  • 魅せ方にこだわる
  • 自己紹介が8割

対象者を明確に絞り込む

エンディングノートというテーマは最初から最後まで変わりませんでしたが、対象者とノウハウは何度も何度も見直しました。

10分間という時間的な制約もありましたが、当初はペルソナの設定が甘かったのでしっくりくるものを作り上げるまで時間がかかりました。

ペルソナ|商品やサービスを利用する顧客の中で最も重要な人のイメージ

  • エンディングノートを書いてみたい人|親にエンディングノートを書いて欲しい人
  • 自分のためにエンディングノートを書きたい人|家族のためにエンディング書きたい人 etc

ペルソナを絞り込むのに苦労しましたが、繰り返し繰り返しセミナーを作り直すことでエンディングノートの本質に気がつくことが出来ました。

魅せ方にこだわる

魅せ方というのはパワポの作り込みだけに限らず、同じノウハウをどんなストーリーで伝えれば最も効果的に伝わるかという視点です。

地方大会の頃は、人前で話すことにバリバリ苦手意識を持っていたので、早めにパワポを作って内容を頭に叩き込むこと、話し方を含めて練習を繰り返しました。

伝え方が天才的に上手い人はいますが、僕の場合は完全に逆なので緊張しても完全にあがってしまわなような話し方を形にすることで精一杯でした。

地方大会はセミナー作りをする中で気づきが多いのに、そのタイミングで棚卸しをしているととてもじゃないけど魅せ方にこだわる時間が取れません。。

自己紹介が8割

代表の立石さんから「セミナーは自己紹介が大事」、「何を言うかよりも誰が言うかが大事」と口酸っぱく言われていました。

頭ではわかっていても実績は変えようがないので、もどかしさを感じていました。もっと実績を作ってからセミコンに出た方が良かったかなと悩んだこともあります。

でも実績を作ってからと先延ばしにしていたら、いつまで経っても何もできないでしょう。

圧倒的な実績を持ってセミコンに乗り込んでくる方もいますが、僕はここから実績を積んでいく努力を続けていくことを地方大会のときに心に決めました。

セミコンの醍醐味は敗者復活戦にあり

僕は地方大会で優勝できなかったので敗者復活戦と書きましたが、優勝された方にとっては代表者決定戦のことです。

ここに挑戦しないと地方大会で得られた学びを効果的に活かすことができないとさえ思います。

僕の場合はテーマこそエンディングノートから変わっていませんが、ターゲット・タイトルは大きく変わりました。

  • 地方大会|本当に役に立つエンディングノートに必要なたった2つのこと
  • 敗者復活戦|人生の後半戦を無駄にしないための最幸のエンディングノートの作り方

地方大会が終わった3月からエンディングノートを深掘りし続けてきて、エンディングノートの本質が腑に落ちたことが理由です。

グランプリ出場権が掛かる大会なので地方大会の内容をアップデートした内容で挑むのか?(無難にいくのか)、それともグランプリのその先、グランプリをゴールにしないための挑戦にするのか?をかなり悩みました。

例えグランプリに行くことが出来たとしても人気講師になれる保証はないし、地方大会のテーマじゃ目新しさがないので出版も難しい。今後の展開を考えたときにオリジナルのコンテンツを作りたいと思いました。

一方で終活のイメージがあるエンディングノートで40代をペルソナにしたこと、40代になったばかりの僕が語るには実績・説得力として弱いのでテーマを変えてしまうとグランプリは難しいだろうと分析していました。

オリジナルコンテンツで挑む

僕が選んだのは実績はなくてもオリジナルのコンテンツで勝負することでした。

具体的にはエンディングノートセミナーに泡盛の話を織り込むことでした。僕だから話すことができるオリジナルのエンディングノートセミナーです。

グランプリには行けませんでしたが、いま振り返って思うのは密かに温めていた司法書士×泡盛を形にすることができたのは大きな一歩になりました。

恥ずかしいけれど公開します。見てらんないですね(笑)

目標があるからこそ頑張れる

グランプリをゴールにしないと決めたのは敗者復活戦が近づいて来た頃でした。

それまではむしろグランプリに行くために、すべての行動をグランプリに辿り着くための血肉にしようと息巻いていたので(笑)、いただいたチャンスは基本的にすべて乗っかりました。

  • パーソナルブランド協会が主催するモーニングセミナーに登壇
  • 高校の同窓会でエンディングノート講座

関連|NPBモーニングセミナー第10回 開催日2014年7月22日

120分の自主開催セミナ―にも挑戦しました。終活ではないオリジナルのコンテンツでエンディングノートセミナーを作ったので産みの苦しみが凄かったです。
40代からの『エンディングノート』セミナー

地方大会ではいかに10分に収めるかという視点で考えていたものを、一度120分まで拡大して、そこから改めて10分間を作ることで全く新しい視点でアップデートすることができました。当然のように原型はなくなります(笑)

敗者復活戦、グランプリを目標にしていなかったら地方大会からの成長はほとんどなかったでしょう。こうした積み重ねがさらにエンディングノートを深掘りすることになりました。

記録も記憶にも残らない時点で勝ち目はない

その年のグランプリにはオブザーバーとしても参加しませんでした。

  • 東京までの交通費がもったいなかった
  • 敗者復活戦で燃え尽きてしまった
  • グランプリのその先に向けて動き出していた

どれも当てはまります(笑)

セミコンに集中して、コンテンツのアップデートに約1年を費やしていたので、司法書士の仕事に集中したいという事情もありました。

自己満足の部分は別として、敗者復活戦で目に見える結果を何も残せなかったことを痛感したので、年明けからの準備に向けて動き出していました。

関連|記録と記憶。どっちも残せなかった敗者復活戦の挑戦は無駄だった?

スタッフをするとセミナーをアップデートできる

セミコンのスタッフをすると勉強になると、スタッフを経験された方はみなさんそうおっしゃいます。

僕も①②③と立場を変えて経験したからこそ得られる学びがありました。

  • ①オブザーバー
  • ②挑戦者
  • ③スタッフ

スタッフというのは主催者側からセミコンを見ることができるので、自身でコミュニティを運営するときの参考にもなりました。これまで自主開催イベントを200回位やっていると思いますが、セミコンスタッフの経験が活かされています。

挑戦者のときは承認欲求、嫉妬、焦りなどいろんな感情の影響を受けていて、自分のセミナーのクオリティを上げるためという視点で他の人のセミナーを見ることは正直難しかったと思います。

コンテストの勝ち負けという表面的な部分に相当囚われていたわけです。

スタッフは挑戦者と違い、こういった自己中心的な感情や負の感情から離れて他の人のセミナーを見ることができるので、スタッフを通して講師活動において沢山の気づきがありました。

挑戦者のセミナーからだいぶ盗ませていただきました(^^)

  • つかみ
  • 巻き込み方
  • 展開・ストーリー etc

挑戦者のときは余裕がなくてまったくできませんでしたが、今ではセミナー(講座)で活用させてもらっています。

ペチャクチャナイトというイベントでは、20秒×20枚の中に泡盛を出すマジック(つかみ)と乾杯(巻き込み)を取り入れることにチャレンジしました。

ペチャクチャナイト大阪

協会主催のセミナーに挑戦

セミコンに出場した年の年末に日本パーソナルブランド協会から「パーソナルブランドに役立つセミナー企画」の募集がありました。

正直に言うと単体では難しいと感じたので、グランプリチャンピオンとコラボという飛び道具を仕込んで応募することで審査に通ることができました。

敗者復活戦の後で谷口さんから「今度コラボしましょう」と言ってもらえたのを真に受けて、コラボセミナーの企画書を作って応募させてもらいました。

素直と言うか図々しいというか(苦笑)、おかげ様で狙い通りに2つの目標を叶えることができました。

  • 協会主催のセミナーに登壇
  • グランプリチャンピオンとコラボ

でもこの2つは表面的な成果でしかありません。本質的な成果は自身のセミナー、企画書を大幅にブラッシュアップすることができたことです。

このセミナー企画募集にあわせて開催された勉強会で、企画書や案内ページをヒイヒイ言いながら作ったことは今ではよい思い出です。

協会主催というプレッシャーを原動力に

協会主催というプレッシャーも手伝ってまだまだ苦手意識を持っていた話し方を相当練習しました。

セミコングランプリに行く人達は100回位練習しているとはじめて聞いたときは、100回というのを天文学的数字に感じて完全に引いていました。

10分セミナーじゃないので100回とは言いませんが、実戦的な練習もあわせると当日までに相当練習を繰り返した記憶があります。

協会主催のセミナーのおかげでエンディングノートについてオリジナルコンテンツを完成させることにつながりました。

オリジナルノウハウがはじめて記事になる

協会主催のセミナーから1年位経ったときに雑誌の取材を受けました。

僕のHPにあるセミナーの報告記事を見つけてくださったということでしたが、電話を受けたときはいわゆる広告記事かとだいぶ警戒しました(苦笑)

エンディングノート式目標設定の技術@日経ビジネスアソシエ

SEO的に弱いので開催報告記事はほとんど読まれないので、はっきり言って書くのは面倒くさいですが、こういうことが起きるので折角イベント・セミナーをするなら手を抜けません。

関連|【開催報告】「最幸の人生の見つけ方×エンディングノート超活用術」 

正直なところダメ元で書いた企画書でしたが、協会主催のセミナーに登壇、グランプリチャンピオンとコラボに加えて、オリジナルコンテンツをはじめて取材してもらうことができました。

グランプリでコメンテーターをされている和仁先生の教え、1アクション3ゴールを体現することができた事例です。3つ目は完全に棚ぼたですけど。

セミナーの中で宣言したこの妄想を実現できる日は来るのでしょうか?笑

朝日新聞のひとに掲載されるという妄想

グランプリで泡盛BAR

家庭の事情などでセミコンスタッフから離れていましたが2018年の秋に久しぶりに参加することになりました。

スタッフとしてまたセミコンに関わるようになって決まったのがセミコングランプリの懇親会で泡盛ブースをすることでした。

タイムキーパーとしてグランプリに関わったことは貴重な経験でしたが、やっぱり何か物足りない。そういう心境の中で泡盛ブースの話はまさに渡りに船でした。

目指していたグランプリとはまったく違う形ですが「グランプリをゴールにしない!」と言い続けていたことが、こういう形でグランプリにつながるのは感慨深いものがありました。

関連|セミコングランプリを目指した想いを成仏させることができたのか?

百貨店やグランフロントで泡盛BARや試飲ブースを経験してきましたが、お酒の準備や搬入を主体的にしたことがなかったのでグランプリの泡盛ブースはよい経験になりました。

ブースの場所や備品、必要経費などについても会場と打合せをしたことで、もし他でやる時も問題なくできるだろうという自信につながりました。

商工会議所デビューへの道のり

協会主催のセミナーで手応えを感じた僕はご縁をいただいて東京の講師のエージェント会社に企画書を持って挨拶に行きます。2016年の1月のことでした。

すぐに依頼があるはずもなく忘れていた頃(2018年10月)に連絡がありました。2年越し!!

が、それも企画書止まり。人生そんなもんです(苦笑)

セミコンの採点表にもありましたよね、市場性という項目が。

悲しいかな、エンディングノートも泡盛も市場性は・・・自ら市場を作る位のインパクトのあることができればなぁと思い知らされました。

デビューのきっかけは泡盛

商工会議所デビューのきっかけは、神戸スポーツ映画祭!というイベントで泡盛の試飲ブースをしたことです。

そうとは知らずに泡盛をふるまった人の中に偶然にも商工会議所の方がいたというわけです。

エージェントからオファーが来て商工会議所のニーズにフィットするような企画書を送ったときは通らなかったのに、振舞い泡盛をしたことでオファーをいただくなんて想定外も想定外。

こんなことってあるんですね(笑)

泡盛という好きなことを続けていたおかげで、こんなことが起きましたという文脈でまとめてもよかったのですが少し補足します。

きっかけは泡盛でしたが講師活動もコツコツと続けてきました。敗者復活戦以降、自主開催をはじめセミナー・講座など50回以上登壇してきました。

その中でペチャクチャナイトというイベントにエントリーして、そこで神戸スポーツ映画祭!を主宰されている塚田さんに出会いました。

グランプリの経験がなかったら泡盛ブースをしませんか?と言われても即答できなかったし、もしかすると断っていたかもしれません。

セミコングランプリで経験していたおかげで即答することができました。まったく関係ないように思える活動が1つにつながって引き寄せた結果が商工会議所でデビューでした理由です。

グランプリをゴールにしない!というマインドを持ち続けていたことと、フットワークの軽さから引き寄せることができたと思います。

ちなみに商工会議所の講演は「起業」がメインテーマでした。エンディングノートでも泡盛でもありません。

司法書士として個人事業主と法人の違いを話した後で、泡盛専門店の起業について2時間のセミナーをする機会をいただきました。対象者は起業を考えている方です。

そして2つのリクエストがありました。

  • 途中でスーツからハッピに変身する
  • オリジナル泡盛の試飲

試飲ブースで振舞った泡盛が市販のものでオリジナルじゃなかったらこうなっていないでしょう。

士業、資格の中でなんとかしようという枠からはみ出して、クラウドファンディングに挑戦したり。こうした活動を評価していただいたことがご依頼につながったようです。

セミコンからの3つの学び

6年前の地方大会からはじまったセミコンとの関わりの中で多くのことを学ばせてもらいましたが中でも大きかったことはこの3つです。

  • グランプリはゴールじゃない!
  • セミナーはひとつの手段!
  • オリジナルになれ!

グランプリはゴールじゃない!

グランプリをゴールにしていたら。あのまま無難なエンディングノートセミナーを続けていたら早々に玉砕してセミナーなんてやっていなかったと思います。

グランプリのその先を見てエンディングノートと泡盛と融合させる勇気を持つことが出来たからこそ講師の活動を続けることができたと思います。

セミナーはひとつの手段!

セミコンに集中するあまり手段が目的になっていました。無理くりセミナー講師になろうとしていました。

セミナーは自分の考えを発信する手段の1つに過ぎないんですよね。

オリジナル泡盛を造ったり、クラウドファンディングに挑戦したり、遠回りをしましたがようやく腑に落ちました。とても楽になりました。

グランプリはゴールじゃないし、セミナー講師もゴールじゃない!笑

ゴールはたぶんその先です。

オリジナルになれ!

本で読んだことがあるような、どこかで聞いたことがあるようなノウハウ・セミナーでグランプリに行くことができたとしても継続するのは難しかったでしょう。

でもノウハウなんてどこかで誰かが言っていると思って間違いないと思います。矛盾しているようですがそれが現実です。

結局、何を言うかじゃなくて誰が言うかです←これも誰かが言っている(笑)

「どこかで聞いたようなノウハウ」はいいとして、本当にどこかで見つけてきたノウハウを使っていたら話にならないということです。

ノウハウそのものよりも、そのノウハウを語る正当性や信用を作るためにオリジナルにならなければいけないと思いました。

これが一番大事だし一番難しいわけですが。

僕が目指してきたのは2つの強み(司法書士と泡盛)を掛け合わせることです。

ノウハウそのものは自分で考えたわけではありませんが、実践し続けることでオリジナルのコンテンツを作り続けることができます。

2つの強みを効果的に掛け合わせることについて実践してきたすべてをこの記事にまとめました。
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